dreamin', I was dreamin'

初夢、と呼ぶには全く相応しくない悪夢を見て飛び起きた。手の甲がヒリヒリする。どうやら眠っている間にかきむしったらしい。エアコンの効き過ぎた部屋はひどく乾燥していて、外界に通じる呼吸器官が、どこもかしこもからからに乾いているのがとても不快だった。
気怠いまま半身を起こして掃き出し窓のカーテンの端を少しだけ捲ると、空が薄明るくなりはじめているところだった。この季節だと大体六時前だ。休日に起きる時間としてはまだだいぶ早い。それでも、少なくとも悪夢が、この部屋の外にまで及んでいないとわかったことは大きな救いだった。
カーテンを戻して、身を再び毛布の温もりの中に閉じ込める。この暑苦しい部屋においては非常に虚しい防具だったけれど、身を包むものが何もないよりはましだ。
意識を手放そうとしたところで、ふと、ある考えが浮かんだ。そうだ、靴を洗おう。洗面所の足元に置きっぱなしになっている運動靴。大晦日の夜に気がついたけど、もう既に眠い時分だからという理由で洗濯を諦めたそれを綺麗に洗ってしまえば、悪夢も一緒に流れていくに違いない。
善は急げとばかりに、スリッパに足を通し、やや控えめな足音で寝室を抜け出す。そっと扉を閉めた後は、もう形振り構わずだ。洗面所の電気スイッチを入れて、足元の靴を拾い上げる。薄汚れたそれを洗面台に投げ込んで、そのまま蛇口を思い切り捻った。
しばらく見つめている間に、水が、溜まった。動かない水は靴の汚れを吸い出して澱んでいく。灰色に、灰色に。渦巻いて、薄まって、広がっていく。ズックブラシに固形石鹸を擦りつけて、必死に運動靴を洗った。汚れが落ちない箇所は何度も擦って、石鹸をまた少し擦りつけて、また擦って、手が痺れるまでひたすらそれを繰り返す。濁った泡を洗い流して、それが綺麗になったことを確かめて、少し安心する。だがまだ気は抜けない。だってもう片方が残っている。
もう片方も同じように執拗に洗い流し、水を止めたところで、はたと我に返る。そこには運動靴の右足分と左足分両方がきちんとした姿でそこにあって、自信ありげに並んでいた。踵の少し潰れたそれが、何もない日常を思い起こさせる。大丈夫、何も怖いことなんて無い。そう言っているようにも思えて、何だか可笑しくなってしまい、ため息はいささか笑みを含んだものになってしまった。こういうのを苦笑いと言うのだろう。
水の滴る靴をベランダの手すりに吊るして、東の空を見上げる。すっかり明るくなった空は、いつも起き出す時間帯のそれだ。そう、ただの夢。また日常の洪水に紛れて、薄まって、広がって、いつか消えてしまう。
今日は不本意な非日常の、終わりの始まりだ。そう、もう少しで終わりだ。だから、せめてもう少しだけ眠ろう。箱根駅伝が走り出すまで。今度はどんな夢も見ないように。