初恋

高校生のときに初めて付き合った同級生は、その男が敬愛する吉井和哉の「アンニュイ」だと感じられる部分について相当な影響を受けていた。あの目だとか、声だとか、歌い方だとか、立ち居振る舞いだとか。常に細かすぎて伝わらない物真似をしているようにも見えた。家庭環境が複雑だと言っていたので、多感な時期特有の人生の迷子さんだったのだろう。放っておいたらその辺で野垂れ死ぬことも厭わないような、そのくせ誰かに拾われるのを待っている仔猫のような、そういうめんどうな感じのする、母性本能をくすぐるのがうまい男であった。
私たちは夏の初めに付き合い始めて、たった二週間で別れてしまった。別れを切り出したのは相手の方からで、その理由もよくわからないものだったが、私はその夏をひたすら泣いて過ごす羽目になった。彼が好きだった音楽を聞きながら、吉井和哉という男を通して、いつまでもいつまでもその男を追いかけていた。
だから、吉井和也というアーティストは、私にとってはあまり近寄りたくないアーティストだった。あの泣いて過ごした夏のことを、丸ごと記憶の彼方に葬り去っておきたかった。

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それなのに、今年の春、宇多田ヒカルの楽曲を13人のアーティストがカバーしたというアルバムで、真っ先に、そして唯一、聴くことにしたのは、吉井和也の「Be My Last」、それだけであった。曲目を見た瞬間からもうそれは決まっていた。
もうあの夏から15年が経って、私の中の不幸の象徴のような存在だったあの人も結婚したのだという。私ももう、泣いた記憶に蓋をするのではなく、楽しかった記憶を愛してあげていいのかも知れない。